拙者の自由闊達な徒然風聞書(Blog)

趣味の鉄道旅行や食べ物、お城巡りや気づいたこと、ぼやきなど日々出来事等自由奔放な日記です。

夜汽車の思い出(北斗星で出会った人へ)

 

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東日本大震災が起きてから

ずっと気になっていることがある。

 

大学時代、私は神奈川

横須賀の実家を離れ、

北海度の大学に在学していた頃、

飛行機が嫌いな私はよく

寝台特急北斗星号で

実家と下宿を行き来していました。

 

その列車で出会い、

いろいろお話した人の大半が

福島の人でした。

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ある年、私と長万部から

乗車した見知らぬおばあちゃん。

(もちろん私は終点の上野までの乗車)

私はB寝台の下段で、

そのおばあちゃんは上段でした。

 

上段では体が辛そうだったので

B寝台の上下段を交換してあげたら

喜んでくれて、福島にいる

家族や孫の話とかしてくれました。

福島から北海道に帰るときも

北斗星を使うんだと笑っていました。

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そのおばあちゃんが翌朝、

福島で降りていった時に

私の枕元にお礼だという手紙と

5千円が置いてありました。

私が起きて気づいた時は郡山手前で

福島を過ぎていました。

こちらがお礼も言えず、

ただ置かれていた封筒を

上野まで握っていました。

 

また、ある時は札幌から

実家へ帰る上野行きに乗っていた時、

郡山まで乗車する人と隣あわせで、

色んな身の上話を

してくれました。

その話が楽しくて楽しくて・・・

札幌から函館手前までずっと

喋っていました。

 

またある時は、福島県いわきの

漁師さんの集まりで、

解放B寝台で仲良くなり、

皆でお酒を飲んだりしていました。

 

皆さん一生漁師として

地元のうまい魚を

宣伝すると話していました。

 

あのおばあちゃんや出会った人達は、

東日本大震災後もお元気だろうか・・・

 あのおばあちゃん、

孫と一緒に今も生きていて欲しい。

あの時の漁師さん達、

生きていらっしゃるだろうか・・・

 

こうして北斗星という

夜汽車で出会った人たちの

多くが福島県内の駅で別れました。

 

 一期一会という言葉がある

 ”あなたとこうして出会っている

この時間は、二度と巡っては来ない

たった一度きりのものです。

だから、この一瞬を大切に思い、

今出来る最高のおもてなしをしなさい”

 

と言う意味の千利休

茶道の筆頭の心得である。

 

その言葉があの震災後、

この夜汽車の思い出と共に

私の胸に今でも色濃く残っている。

 

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