バスを降りると路面が凍結して、
歩くのに一苦労・・・でも北海道で生活した時に
学んだ歩き方でなんとか転ばずに行ける・・・
名立たる戦国大名や勇将が相次いで入部しました。葦名氏の祖、
<会津歴代領主・藩主>
1189年→1589年 佐原氏・葦名氏
1589年→1590年 伊達氏
1590年→1598年 蒲生氏(92万石)
1598年→1601年 上杉氏(120万石)
1601年→1627年 蒲生氏(60万石)
1627年→1643年 加藤氏(40万石)
1643年→1868年 保科氏、後に松平氏(23万石)
正之は将軍の実弟でありながら謙虚に身を処し、
家光の信頼を受けて4代将軍家綱の後見役に立てられ、
幕政に重きをなした。
当初は松平姓の名乗りも固辞し続けていたが、
正之死後の1696年、3代正容(正之の子)が松平を称するようになった。
(このため、正之から2代は松平姓を称していないが、正之を初代と数える)
名前も『鶴ヶ城』と改められました。この時に積まれた
石垣が400年以上経った今でも朽ちることなく、
往時の姿を忍ばせています。
このように名高い武人らが築いた広大な縄張りは、
今もなお東日本屈指の規模を誇っています。
さて、次は歩いてJR西若松駅まで出て
そこから会津若松まで戻り、