拙者の自由闊達な徒然風聞書(Blog)

趣味の鉄道旅行や食べ物、お城巡りや気づいたこと、ぼやきなど日々出来事等自由奔放な日記です。

東京・上野東照宮の銅燈籠をみる

JR・京成・東京メトロ 上野駅から歩いて

10分位・・・この猛暑日に汗をかきながら

上野東照宮へ行ってきました。

上野東照宮を訪れるのはもう??回目

今回は、境内にある銅燈籠について書きます。

上野東照宮には、多くの石燈籠と銅燈籠があります。

水舎門を入ると両側に、

石燈籠がずらっと並んでいます。

 

社殿の前には銅燈籠、さらに社殿の脇にも

石燈籠が設置されています。

銅燈籠はすべてで50基、

石燈籠は約280基あるそうです。

この燈籠群には、奉納された年月日と

奉納者の名前が刻まれています。

徳川家に忠誠を誓う全国の大名たちが

寄進した銅灯篭です。

奉納者の名前(大名等)を見てみますと・・・

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こちらは、出雲国(今の島根県)

松江藩18万6000石初代藩主

松平直政公。

さて、次の銅灯篭の足元を見ると

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こちらは伊予国(現在の愛媛県松山市)を中心に

久米郡野間郡伊予郡などを知行した

伊予・松山藩15万国の初代お殿様、

松平定行公が寄進した銅灯篭。

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因幡国伯耆国(現在の鳥取県

の2国を領有した大藩、

鳥取藩32万5千石のお殿様、

池田光仲公が寄進した銅灯篭。

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↑見方はちょっと難しいかもしれませんが、

安芸国一国と備後国の半分を領有した大藩で、

現在の広島県の概ね半分にあたる、

広島藩42万6000石のお殿様

浅野 光晟(みつあきら)公が寄進した銅灯篭。

広島藩は芸州藩(または安芸藩)

と呼ばれることも多く、

上の写真「蓺州(芸州)」とは広島の事です。

まだまだ色んな大見様が寄進している同灯篭の

足元に刻まれた文言から

色んな事を感じることが出来ます。

私も大学時代、歴史の先生を目指していたので

こういう古文書や昔の文字を

読む勉強をした記憶がよみがえってきます。

歴史に興味がある方は一度

足を運んでみるとよいでしょう。